東京地方裁判所 平成2年(ワ)3754号 判決 1990年11月29日
甲・乙事件原告、甲事件反訴被告(以下「原告」という。) 山和不動産株式会社
右代表者代表取締役 川崎浩
右訴訟代理人弁護士 関根俊太郎
同 瀧澤秀俊
右訴訟復代理人弁護士 小澤哲郎
甲事件被告、同事件反訴原告(以下「甲事件被告」という。) 杉本良三
甲・乙事件被告、甲事件反訴原告(以下「被告」という。) 及川登美子
被告 笠井俊一
甲事件被告 大田洋
<ほか一名>
被告 鹿野秀嗣
<ほか二名>
右八名訴訟代理人弁護士 山口元彦
主文
1 原告と被告ら及び甲事件被告らとの各間における別紙物件目録の一の(一)ないし(八)記載の各建物についての各賃貸借契約における賃料は、それぞれ平成元年六月一日から一か月当たり別紙賃貸借目録一の(七)「改定賃料額」欄各記載のとおりであることを確認する。
2 原告と被告らとの間における別紙物件目録の二記載の各駐車場についての各賃貸借契約における賃料は、それぞれ平成二年二月一日から一か月当たり別紙賃貸借目録二の(八)「改定賃料額」欄各記載のとおりであることを確認する。
3(一) 原告の甲事件についての各請求のうち、被告ら及び甲事件被告らに対するその余の各請求をいずれも棄却する。
(二) 被告ら及び甲事件被告らの原告に対する反訴各請求をいずれも棄却する。
(三) 原告の乙事件についての各請求のうち、被告らに対するその余の各請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、乙事件について納付された手数料は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とし、その余は、甲事件本訴反訴及び乙事件ともに、これを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告ら及び甲事件被告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(甲事件)
一 請求の趣旨
1 原告と被告ら及び甲事件被告らとの各間における別紙物件目録の一記載の各建物についての各賃貸借契約における賃料は、それぞれ平成元年六月一日から一か月当たり別紙賃貸借目録一の(五)「増額請求賃料額」欄各記載のとおりであることを確認する。
2 訴訟費用は被告ら及び甲事件被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(甲事件反訴請求事件)
一 請求の趣旨
1 原告と被告ら及び甲事件被告らとの各間における別紙物件目録の一記載の各建物についての各賃貸借契約における賃料は、それぞれ平成二年二月二七日から一か月当たり別紙賃貸借目録一の(六)「減額請求賃料額」欄各記載のとおりであることを確認する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告ら及び甲事件被告らの反訴請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は被告ら及び甲事件被告らの負担とする。
(乙事件)
一 請求の趣旨
1 原告と被告らとの間における別紙物件目録の二記載の各駐車場についての各賃貸借契約における賃料は、それぞれ平成二年二月一日から一か月当たり別紙賃貸借目録二の(七)「増額請求賃料額」欄各記載のとおりであることを確認する。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
(甲事件)
一 請求原因
1 原告は、被告ら及び甲事件被告らに対し、別紙物件目録の一記載の頭書の建物(以下、この一棟の建物を「山和マンション」という。)の内の(一)ないし(八)の各建物(以下「本件各建物」という。)を、別紙賃貸借目録一の(一)ないし(三)各記載のとおりの内容で各賃貸してきた。
2 本件各建物の賃料は、従前の賃料各改定時以降、土地価格の高騰、諸物価の上昇、公租公課の増額、近隣地代の上昇等により、極めて不相当となるに至った。
3 そこで、原告は、別紙賃貸借目録一の(四)の「増額請求日」欄各記載の日に、被告及び甲事件被告らに対し、本件各建物の賃料を、いずれも平成元年六月一日から一か月当たり別紙賃貸借目録一の(五)「増額請求賃料額」欄各記載のとおりの金額にそれぞれ増額する旨の各意思表示をした。
4 被告及び甲事件被告らは、右各賃料増額の効果を争う。
5 よって、原告は、被告ら及び甲事件被告らに対し、本件各建物の各賃料がそれぞれ平成元年六月一日から一か月当たり別紙賃貸借目録一の(五)「増額請求賃料額」欄各記載のとおりの金額であることの確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、同3、4の事実を認める。
2(一) 同2を否認する。
(二) 本件各建物の賃貸借については、次のとおりの居住内容の著しい低下もしくは悪化が生じており、このような事情の下においては、物価の上昇、近隣の地代の上昇等により単純に賃料を増額することは、適当でなく、右各事情を踏まえての増額の適否、賃料額の算定がなされるべきである。
(1) 本件各建物の賃貸については、その共用部分である階段、各階廊下について、原告において、清掃を行なうべきものとされており、清掃業者に委託して毎月一回清掃が行なわれてきたところ、原告は、昭和六一年四月以降この清掃を行なっていない。そのため、廊下床部分は、黒ずむ等汚れがひどく、被告らの依頼、費用負担で、清掃業者に清掃をさせている。
(2) 原告は、昭和六一年四月ころから、右共用部分の照明のために設置されていた蛍光灯について、廊下部分一五カ所のうち一三カ所、階段部分八カ所のうち四カ所を外し、暗い状態にした。
(3) 本件各建物の賃貸については、その設置にかかるエレベーターを、原告において、被告らの運転の用に供すべきものとされているところ、原告は、昭和六一年八月一二日、右エレベーターを停止し、被告らの運行に供さなくなった。このため、被告らにおいて、居室への出入り、他施設の利用において、大きな労力、苦痛を伴うと共に、郵便や、購入物品の配達が拒否されたり、多額の費用を要するなど、大きな支障が生じている。
(4) 原告は、昭和六一年八月中旬ころ、本件各建物の南側に存した原告所有の別建物を取壊した際、作業場所を周囲から隔離するための工事用の金属塀を同建物の四方に設置した。右工事は、同年九月上旬に終了し、三方の工事用の金属塀は撤去されたが、本件各建物の南側に面した塀だけは、そのまま残された。しかも、本件各建物の南側には、その敷地、続いて木立の庭園があり、さらに石垣で一段下がって右別建物の敷地となっており、工事用の塀が設置されるとしても、取壊す建物の周囲に作業上必要、最小限度の空間を残す程度で、周囲住民の日照、通風等の障害発生を最小限にする位置に設置されるべきところ、右残された塀は、右庭園の北端、本件各建物の南壁面から一・五ないし二メートル程の位置に、三メートル程の高さで設置されている。そこで、本件各建物の一階居住者は、完全に南面を塞がれ、圧迫感を受けるのみならず、日照、通風に大きな障害を有している。特に、被告笠井の賃借する一階二五号室は、その南端から右塀まで三〇センチメートル程の隙間しかなく、完全に日光を遮られて、昼間でも薄暗く、通風もほとんどなく、圧迫感も著しく、ひどい湿気のため、カビが発生しやすく、壁紙の表裏に黒カビが広範囲に発生し、壁紙の一部は剥がれ、その内側の下地が崩れてきているほか、畳が腐っている(なお、平成二年七月ころ、笠井宅前部分のみ塀が取外された。)。また、本件各建物の北側は、崖であり、非常階段が設置されているものの狭い回り階段で、非常時には不充分であり、消防車等による防災活動をするにも、北側の崖下よりも、南側からの方が容易であるところ、右塀の存置のため、緊急時の避難路等が遮断され極めて危険な状態になっている。
(5) 原告は、昭和六二年九月末ころ、山和マンション中の空室について、各室の出入口の扉、台所の窓及び南側の窓を撤去し、扉及び台所の窓の存した位置に格子を設置した。これにより、風雨、虫等が、右マンションの室内に入り込むこととなり、空室の下や隣の部屋に雨漏りや雨水が滲み込んだり、湿気が増大しており、被告鹿野の使用する二階三九号室には、空室三階四八号室に降り込んだ雨水が、相当な量雨漏りしている。
(6) 原告は、本件賃貸借上、原告において設置、提供することになっているガス湯沸器や換気扇が、不調になっても修理、取替等を拒否すると共に、建物の補修もしない。
(7) 本件各建物の賃料は、昭和六一年以降、それまで別個であった共用部分の管理費と賃料を一本化して請求されているところ、近隣に在る建築後数年内の賃貸マンション「山王ハマセイホウ」と比較して、山和マンションが、建築後年数も経過し、設備も古く、住環境が劣悪であるにもかかわらず、右山王ハマセイホウの単位面積当たりの賃料より、はるかに高く、同賃料との間に三ないし四割程度の差があってしかるべきものである。
3 同5を争う。
三 「請求原因に対する認否の2(二)の各事実」に対する原告の認否
1 同2(二)の(1)のうち、原告において、昭和六一年三月まで清掃業者に委託して毎月一回共用部分である廊下、階段を清掃してきたことを認め、その余を否認する。
山和マンションには、管理人が常駐し、同人が右廊下、階段等の清掃をしており、清掃状態は、従前と何ら差異がない。
2 同(2)を否認する。
3 同(3)のうち、原告が、昭和六一年八月一二日、エレベーターの運転を停止し、その後運転していないことを認め、その余を否認する。
原告は、建築基準法に基づき山和マンションの設備全般について検査を行ない、その結果、右エレベーターが老朽化し、このままでは危険であるとの指摘を受けたところ、その補修ないし新規交換には高額の負担を要し、被告ら賃借人の増額を拒む態度とも併せ、資金調達が不可能であるため、人命尊重を第一に考えやむなくエレベーターを停止したものである。
4 同(4)のうち、主張のとおり金属塀が設置され、その後も一部塀が残置されていることを認め、その余を否認する。
5 同(5)のうち、原告が、山和マンションの空室について、各室の出入口の扉、台所の窓及び南側の窓を撤去し、扉や窓の存した位置に格子を設置したことを認め、その余を否認する。
6 同(6)、(7)をいずれも否認する。
(甲事件反訴請求事件)
一 請求原因
1 (甲事件)の請求原因1のとおり。
2 本件各建物の賃料は、従前の賃料各改定時以降、本件各建物の賃貸内容について、請求原因に対する認否2(二)の(1)ないし(7)のとおり居住内容の著しい低下もしくは悪化が生ずると共に、これを不相当とする事情が存し、不相当となった。
3 被告ら及び甲事件被告らは、平成二年二月二六日、原告に対し、本件各建物の賃料を、いずれも平成二年二月二七日から一か月当たり別紙賃貸借目録一の(六)「減額請求賃料額」欄各記載のとおりの金額にそれぞれ減額する旨の各意思表示をした。
4 原告は、右各賃料減額の効果を争う。
5 よって、被告ら及び甲事件被告らは、原告に対し、本件各建物の各賃料が、それぞれ平成二年二月二七日から一か月当たりの別紙賃貸借目録一の(六)「減額請求賃料額」欄各記載のとおりであることの確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、同3、4の事実を認める。
2 同2のうち、現行賃料が相当賃料と比較して不相当になったことを否認し、その余の事実の認否については、(甲事件)の三の『「請求原因に対する認否の2(二)の各事実」に対する原告の認否』のとおりである。
3 同5を争う。
(乙事件)
一 請求原因
1 原告は、被告らに対し、別紙物件目録の二記載の各駐車場(以下「本件各駐車場」という。)を、別紙賃貸借目録二の(一)ないし(五)各記載のとおりの内容で各賃貸してきた。
2 一般に、駐車場の賃貸借においては、地価の高騰、諸物価の上昇、公租公課の増額、近隣賃料の上昇等の事由が発生した場合に、賃貸人は、賃借人に対し、相当な賃料の増額を請求することができ、賃借人が、増額の申込みを受けた日から、賃料増額をする慣行があるところ、本件各駐車場賃貸借契約においても、特に右慣習に反する旨の意思表示はなされていないから、その意思をもって契約が締結されたと推定される。
3 右賃貸借目録二の(五)「現賃料」欄記載の各使用料は、いずれも同目録の(四)「現賃料始期」欄記載の日以降の土地価格の高騰、諸物価の上昇、公租公課の増額、近隣駐車場の賃料の上昇等によって、極めて不相当となった。
4 原告は、被告らに対し、右目録の(六)「増額請求日」欄記載の日に、本件各駐車場の賃料を、いずれも平成二年二月一日から一か月当たり同目録の(七)「増額請求賃料額」欄記載の金額にそれぞれ増額する旨の各意思表示をした。
5 被告らは、右各賃料増額の効果を争う。
6 よって、原告は、被告らに対し、本件各駐車場の各賃料がそれぞれ平成二年二月一日から一か月当たり同目録の(七)「増額請求賃料額」欄各記載のとおりの金額であることの確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、同4、5の事実を認める。
2 同2、3を否認する。
甲事件の請求原因に対する認否の2(二)(7)に記載の「山王ハマセイホウ」の駐車場の賃料は、マンション一階(ピロティ部分)にあって、雨風等から防護されているのに月二万円であり、本件各駐車場は、被告高岡使用部分を除き屋根もなく、現賃料でも高めの額になっている。
3 同6を争う。
第三証拠《省略》
理由
第一 甲事件及び反訴請求事件
一 両事件の各請求原因1、同3、4の各事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、平成元年六月一日当時及び平成二年二月二七日当時における本件各建物の相当賃料額について検討する。
1 本件各建物の現行賃料が定められた際の基準時は、別紙賃貸借目録一の(二)に各記載のとおりであるところ、右各当時の個別具体的な賃貸借契約関係の内容が反映されての各現行賃料について、それら各内容が所与のものないし従前とおりとして、それは契約関係を取り巻く事情の変更について検討するに、家賃の経年変更の推移として、総務庁統計局調査部消費統計課公表にかかる「消費者物価指数年報」による東京都区部における消費者物価指数(家賃)は、別紙数値表の1記載のとおりの統計上の数値(当裁判所に顕著な事実である。)を示しており、この数値を基に、本件各賃貸借の前回賃料改定時から平成元年六月一日までの経年変動率を求めると右同表記載のとおりとなる。また、《証拠省略》によれば、山和マンションの敷地の固定資産税評価価格の合計価格は、昭和六〇年から昭和六三年までに約一・〇七倍に増加し、同固定資産税等の納付額は、昭和六一年度から昭和六三年度にかけてさして増加していないことが認められる。そこで、これら賃料を基に、本件各建物の賃貸人と賃借人の間の賃料を、事情の変更を経た後にも、従前同様の公平、妥当な調整のとれた対価関係に保つことを検討するに、不動産鑑定士作成の不動産鑑定評価書においては、現行賃料に右指数等を踏まえた変動率を乗じたいわゆるスライド法による賃料と、本件建物の再調達価格及びその敷地の基礎価格に期待利回りを乗じて得られるいわゆる積算賃料額と合意賃料の差額を賃貸人と賃借人とに配分するいわゆる差額配分法による賃料額とを算出し、これらを調整のうえ適正賃料を算出しているところ、本件各賃貸借について、右差額配分法を採用する合理的理由に乏しく、基本的には右スライド法に依拠して算定するのが相当というべきである。そこで、右相当な賃料については、被告及川登美子、同笠井俊一、甲事件被告大田洋及び被告加藤宣行について、従前賃料改定時期から本件賃料改定基準時までの経過年数が、約三年に、その他の被告ら及び甲事件被告らの右同様の経過年数が、約四年に、各収斂すること等も考慮に容れ、被告及川登美子ら前者の組の者について、現行賃料の各八パーセント、後者のその余の被告ら及び甲事件被告らについて、現行賃料の各一〇パーセントの各変動増加率を乗じた各金額とするのが相当と判断される。
なお、昭和六〇年以降から本件改定基準時までの間に、《証拠省略》によれば、本件各建物の敷地の取引見込価格が相当高騰していることがうかがわれるが、それが右敷地に固有の事情の変化によるものであることをうかがわせる証拠はなく、東京都内における一般的な地価の高騰現象に対応してのものと考えられ、前記のとおりの東京都内における家賃指数や、本件各建物の敷地の固定資産税評価価格の合計価格及び納付税額の変動状況に照し、右高騰現象をもってこれを直ちに本件各建物の賃料に反映させるべき理由はない。
2(一) ところで、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、他にこの認定を左右する証拠はない。
(1) 本件各建物は、JR大森駅西口から西方約八〇〇メートルのいわゆる山王高台の住宅地域の一角に位置して、北側に幅員約四メートル、東側に同約四メートル、西側に同約三メートルの三方道路の画地(大田区山王二丁目二二一〇番地四五、同番地一三七、同番地一三八)上に存する別紙物件目録の一の頭書記載のとおりの集合住宅中に存するものである。本件各建物の敷地北側は、北側道路より約五メートル高台となる段差を呈し、その下側は、本件各駐車場とされ、敷地南側は、隣地とほぼ等高であって、その位置、形状等は、別紙図面の(一)、(二)に記載のとおりである。
(2) 山和マンションには、別紙図面のとおり北側駐車場の地階部分から三階まで通ずるエレベーターが、本件各建物賃貸開始時より運行の用に供せられてきたところ、原告は、昭和六一年八月一二日以降、運行の用に供しなくなった。
(3) 本件各建物の南側敷地には、昭和六一年八月に、本件各建物の南壁面から約一・五ないし二メートル程の位置に、約三メートル程の高さで南側一帯にかけて工事用の金属塀が設置され、特に被告笠井の賃借部分南側のバルコニーとの間は近接した状態であったところ、同塀は、工事終了後の昭和六一年九月中旬以降も、撤去されず現在に及んでいる。なお、被告笠井の賃借部分前の塀の一部は、平成二年七月に、その金属板が除去されたが、塀柱及びその余の部分はそのままである。
(4) 山和マンションについては、昭和六二年九月末ころから、同建物内の空室について、出入口の扉、台所やベランダ窓等が撤去され、同撤去部分について、格子が設置され、以来、右各空室について、吹き抜けの状態にある。
(5) 山和マンションの共用部分である廊下、階段については、従前より賃貸人において清掃業者に委託して毎月一回清掃が行われてきたところ、昭和六一年四月以降、このような態様の清掃は、行われておらず、また、右廊下、階段部分の照明のための蛍光灯について、相当数の蛍光管が設置されておらず、点灯できないものがある。
(6) 本件各建物の賃料は、昭和六一年以降、それまで別個であった共用部分の管理費と賃料が一本化されたものである。
(二) 右(一)に認定の事実によると、同(一)(2)のエレベーター運行停止は、その停止の理由はともあれ、《証拠省略》の記載に照すとともに、右のとおりの構造にある集合住宅として、貸主の債務を履行しているものとはいえず、本件各建物の使用について、その機能を減ずるものというべきである。同(一)(4)については、空室の管理、保管の在り方として、防災、建物管理上問題あるものというべく、また、同(一)(5)については、その清掃業務及び照明の主体、方法等からして、貸主の債務としての清掃または設置の義務あるものというべきところ、これが充分に履行されているとはいえず、集合住宅としての本件各物件の機能、居住環境が、通常の経年変化等によらず、従前より減じているものというべきである。そして、同(一)(4)の金属塀については、被告笠井の賃借室内の湿気、黴等についての因果関係までは、本件証拠上これを認めることはできないものの、一階の南側ベランダ近くや、その庭先に恒常的に設置され、従前賃料改定時の通風、日照及び眺望の状態を大きく損ない、従前の居住環境と比較してその内容が劣化したものというべきである。
そこで、本件各建物の右状況の変化は、原告の賃貸人としての債務不履行によるものであるが、恒常的な賃貸状態になっていることから、前回賃料改定時期の賃貸内容について変化があったものとして、賃料算定について考慮すべきである。そして、金属塀による環境劣化は、被告笠井、次いで同及川及び甲事件被告杉本、さらに他の被告ら及び甲事件被告らの順に大きく、他の環境劣化は、ほぼ同様のものといえるので、右諸般の事情を斟酌考量して、その減じた各割合を、別紙数値表の二の「減少率」記載のとおりとした。
3 すると、本件各建物の賃貸借内容について、それが所与のとおりのものとして、その賃料変動は、右1のとおりであるところ、所与の賃貸借について右2のとおりその賃貸内容を減じたので、現行各賃料額にその各変動増加率を乗じ、その増加賃料相当分に、従前賃貸内容と比較して減少した賃貸内容割合(一―減少率)を乗ずると、別紙賃貸借目録一の(七)各記載のとおりの金額(なお、一〇〇円未満は四捨五入)となり、これらをもって平成元年六月一日当時の各相当賃料とするのが相当である。
4 次いで、平成二年二月二七日当時の相当賃料額を検討するに、本件各建物の同時期の賃貸借内容について、右2に認定のとおりの平成元年六月一日当時の状況と変化はなく、同当時の各相当賃料と同額とするのが相当である。
三1 右二3によれば、原告と被告ら及び甲事件被告らの間の各賃貸借における各賃料は、平成元年六月一日時点において各相当賃料が各現行賃料を上回り不相当になったものというべく、原告の各増額請求は、右二3の相当賃料額の限度で、理由があり、別紙賃貸借目録一の(七)各記載の賃料増額改定がなされたものというべきである。
2 右二4によれば、右三1のとおり改定された各賃料は、平成二年二月一七日時点において、相当賃料を下回り不相当になったものとはいえず、被告ら及び甲事件被告らの各減額請求は、理由がなく、右時点における減額改定はなされないものというべきである。
第二 乙事件
一 請求原因1、同4、5の各事実は、当事者間に争いがない。
二 本件駐車場賃料増額請求権の存否について
《証拠省略》によれば、本件被告らが原告となり、本件原告を被告として、本件駐車場について本件駐車場使用契約に基づく占有、使用権を有することの確認を求めた当庁昭和六一年(ワ)第七三二四号駐車場使用権確認等請求事件において、本件駐車場使用契約は、本件各建物の賃貸借が存続する間は存続するとの期間の定めがなされたものである旨認定して、昭和六二年一〇月二二日、右確認請求を認容する判決がなされ、同判決は、同年一一月七日確定したことが認められ、この関係に変更事由が生じたことは認められない。
これによれば、本件各駐車場の賃貸借契約は、本件各建物の賃貸借契約と、右判決のとおりの関係に立つこととなり、建物の賃貸借契約と一体としての期間的拘束を受けることになるから、借家法七条一項の規定を準用し、同条所定の事情が存するときは、賃料の増額請求ができるものと解するのが相当である。
三 そこで、本件各駐車場についての平成二年二月一日当時における相当賃料額を検討する。
1(一) 《証拠省略》によれば、本件各駐車場は、前記第一の二2(一)(1)のとおりの本件各建物の敷地(大田区山王二丁目二二一〇番地四五、同番地一三七、同番地一三八)の同番地一三七、同番地一三八の土地の北側の一部からなり、本件各建物の北側に別紙図面の(一)のとおり幅員約四メートルの道路と等高面で接し、被告高岡のA番を除き屋根のない露天駐車場である。
(二) 《証拠省略》によれば、現在、本件各駐車場の近隣周辺の賃貸建物に付帯する駐車場について、屋根付で一か月三万五〇〇〇円、屋外で二万から三万円程度の新規賃料による賃貸がなされていることが認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。
2 本件各駐車場の使用について、従前と比較してその機能上の劣化は認められず、右二のとおりの本件駐車場の性質、右三1の(一)、(二)のとおりの事情並びに前記第一の二1に認定のとおりの事情を併せ、借家法七条一項の趣旨に鑑みて検討するに、本件各駐車場の相当賃料について、別紙賃貸借目録二の(八)のとおりそれぞれ認めるのが相当と判断されるものである。
四 右によれば、原告と被告らの間の本件各駐車場賃貸借における各賃料は、不相当になったものというべく、原告の各増額請求は、右三2の相当賃料額の限度で、理由がある。
第三 よって、原告の甲事件各請求は、第一の三1に述べた限度で理由があるから認定し、その余の各請求は理由がないのでいずれも棄却し、被告ら及び甲事件被告らの反訴各請求は、理由がないのでいずれも棄却し、原告の乙事件各請求は、第二の四に述べた限度で理由があるから認容し、その余の各請求は理由がないのでいずれも棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小原春夫)
<以下省略>